回地球村生活日語高級精彩文章選單

鴨川発—桜  鴨川的櫻花 (地球村生活日語月刊高級文章2015年4月號)

 京都の1代名詞である鴨川。鴨川の清流と周囲の山々とが織り成す景色は、まさに山紫水明と呼ぶに2ふさわしいもの。そんな鴨川の魅力があふれる季節が春です。なぜなら多くの桜が鴨川の畔に咲き誇るからです。

 鴨川の桜は、古来より和歌や歌の中に登場します。例えば鴨川に沿って歩くとある歌碑を目にできます。これは景勝としての鴨川を詠んだ歌を並べたものなので、⒜鴨川のための歌碑といっても間違いありません。そこにはこんな和歌が記されています。「桜花 ちりかひかすむ 春の夜の おぼろ月夜の かもの川風」(実朝)。これは鴨川の畔に咲く桜の花が散りゆく様子を3優雅に歌ったもので、現実の景色以上に和歌に込められたイメージが伝わってきます。他に現代でいうと、「JUDY AND MARY」が歌う『KYOTO』という曲にはこんな歌詞が出てきます。「鴨川越えて急ごう 4古びた景色に5はしゃぐ人たちも 桃色の宴よ桜の花よ」。作詞作曲を担当したTAKUYAさんへのインタビューによると、この曲は「鴨川沿いの道を、母親を乗せた車で走っている際、母親は桜の花弁が車に飛びこんでくるのが大好きで、それを毎年押し花にして取ってあるという話を聞いて作った」とのこと。こんな思いを歌に乗せて、鴨川の桜並木の歴史と美しさを強調しているわけです。

 鴨川で桜が堪能できるのは、主に出町柳から七条辺りにかけての区間でしょう。とりわけ七条大橋から三条大橋の東側までを花の回廊といい、ほぼ等間隔に桜の木が植えられています。枝垂れ桜が多く植えられていて、鴨川に着きそうなほど垂れた桜は非常に見ごたえがあります。五条大橋を過ぎると桜の本数も増え、ソメイヨシノが並ぶ間に割り込むように入る八重紅枝垂れ桜が程よいアクセントとなって6人目を引きます。桜の下に等間隔に植えられている雪柳もまた風情を感じさせます。さらに上流に足を延ばせば、半木の道と呼ばれる桜並木の道に到着、ここにはたくさんの八重紅枝垂れ桜が植えられており、7穏やかな鴨川の流れとピンクの鮮やかな桜道が合わさる姿がとても8絵になります。

 等間隔なのは⒝何も桜だけというわけではありません。デートコースの定番でもある鴨川べりでは、数多くのカップルが等間隔に腰を下ろして愛を語り合っており、川のせせらぎが2人だけの世界を9お膳立てしています。この状況が「鴨川の怪奇」として10囃し立てられるようになったせいか、「鴨川デビューが悲願」という男の子や「見せ物みたいで恥ずかしい」と語る女の子が増えたようです。鴨川においてこの時期、等間隔に植えられている桜とともについつい気になってしまうのがこの等間隔に並ぶカップルなのです。

鴨川的櫻花

  京都的代名詞·鴨川。鴨川的清流與周圍的群山織成的景色,正是適合被稱為山明水秀。那樣的鴨川充滿魅力之季節是春天。是因為在春天許多的櫻花會在鴨川河畔盛開。

  鴨川的櫻花自古以來就在和歌以及歌曲之中登場。例如要是沿著鴨川走就能看到某個歌碑。由於這是將歌詠身為名勝之鴨川的歌排列成的東西,因此說是為鴨川之歌碑也不為過。那裡記有這樣的和歌。「櫻花 散落 霞光春夜的 朦朧月夜的 鴨川的河風」(實朝)。這是將鴨川河畔所開的櫻花散落而去的樣子文雅地歌詠,傳來蘊含在和歌裡超乎現實之景色的形象。還有以現代來說,在「JUDY AND MARY」所唱的〈KYODO〉這首歌曲出現這樣的歌詞。「趕緊越過鴨川 對陳舊景色喧鬧吵嚷的人們也 桃色之宴 櫻之花」。根據擔任作詞作曲的TAKUYA之專訪,這首歌曲是「母親所乘坐的車跑在鴨川沿岸的道路之際,母親最喜歡櫻花的花瓣飛進車裡面來,每年都會將那拿來做成壓花,聽到這樣的故事而做了這首歌」這樣的由來。就是將這樣的心情放在歌曲裡,來強調鴨川櫻花行道樹的歷史與美麗。

  在鴨川能充分享受櫻花的,主要是從出町柳到七条邊的區間吧。特別是從七条大橋到三条大橋的東側叫做花之回廊,幾乎是間隔相等地植有櫻花樹。種植著許多垂枝櫻,垂下來的櫻花好像快要碰到鴨川這樣的程度而非常值得一看。要是過了五条大橋櫻花樹的量也增加,在並排的染井吉野櫻之間插進來般地八重紅垂枝櫻則恰到好處地成為點綴而引人注目。在櫻花之下間隔相等地種植著的雪柳也又是會讓人感受到情趣。再來若是前往到上游,會到達被稱為半木之道的櫻花行道樹之道,在這裡種植著很多八重紅垂枝櫻,平穩的鴨川河流與粉紅的鮮豔櫻花道路調和的姿態是如畫一般。

  間隔相等的並不是只有櫻花。在也是約會基本行程的鴨川沿岸,為數眾多的情侶是間隔相等地坐下並互相傾訴愛意,河川的潺潺水聲則是準備好只有2人的世界。不知是否因為這個狀況以「鴨川的奇怪事件」被炒作起來的關係,「鴨川出道是誓願」這樣的男子以及表示「好像被人當熱鬧看好丟臉」的女子似乎就增加了。在鴨川這個時期,跟間隔相等地種植著的櫻花一起不由得會去在意的就是這間隔相等地排列的情侶。

[ おぼえましょう ]
⒜「普通体+といって(も)まちがいない」:
「Aといって(も)まちがいない」の形で、「Aと言える」といった意味になる。ある事柄や人物についてAという判断や評価が妥当であると断言した言い方。書き言葉として使われることが多い。Aが名詞・な形容詞現在肯定形の場合は辞書形にしてもよい。
[ 例 文 ]
⑴両チームの実力は互角だ。だから試合中にいつも通りのプレーができるかどうかが勝負の分かれ目といって(も)間違いない。
⑵結婚したいと願っている人にとって最も必要なものは、出会いの機会といって(も)間違いないでしょう。

⒝「なにも(+〜)+普通体+わけではない」:
「なにもAわけではない」の形で、「Aという考えは正しくない」といった意味になる。Aで述べた事柄について、相手が持っているであろう間違った考えや結論を指摘する際に用いられる表現。相手の考えを推量して用いられることが多い。Aが名詞・な形容詞現在肯定形の場合、多くは「辞書形+である」「辞書形+という」などの形で接続する。
[ 例 文 ]
⑴私は何も部下のミスを笑って見過ごしているわけじゃない。ちゃんと手は打っていますよ。
⑵試合に負けているからって、何もそんなに慌てているわけではありません。必ずこちらにもチャンスは訪れます。

[ 語句 ]
1.   代名詞 〈名〉   (以某詞指某事或物)代名詞
2.   ふさわしい  〈い形〉 相稱、合適
3.   優雅   〈形動・名〉  文雅、溫文爾雅;悠然自得
4.   古びる 〈自〉   變舊、陳舊
5.   はしゃぐ 〈自〉   喧鬧吵嚷
6.   人目を引く 〈句〉   引人注目、顯眼
7.   穏やか 〈形動〉 平穩、穩靜、平靜
8.   絵になる 〈句〉   如畫一般
9.   お膳立て 〈他・名〉 準備;備膳、準備飯菜
10.  囃し立てる 〈他〉   吹吹打打地伴奏

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